貧乏性


貧乏性を治したい

節約とケチ、貧乏と貧乏性…ニアイコールだけど、全部別物だと思う。

僕はとりあえず貧乏性ではあるなと思ったので、その話。

全部貧乏由来ではあると思うけどね。

貧乏性あるある

不要な物(ゴミとも言う)を捨てられない。

一時期に比べれば、だいぶマシになったとは思うけど、やっぱりまだその名残がありますね。

少し前に襖の張替えをしたんだけど、余った襖の紙の切れ端まだ取ってあるんよね。

何かに使えるんじゃないかって。

実際、少しは使い道を決めて活用するつもりでいる。

でも、多分大量にはいらない。

それでも全部捨てずに残してある…。

自宅DIY中に使っていたフリースの上着がある。

作業したから、やっぱり汚れている。

汚れを落として洗濯すれば、また部屋着として使えるとは思う。

でも、色が気に入らんのよね。

だから、作業着としたわけだし。

捨てるか捨てないか…うーむ。

最近だと、こんな感じ。

貧乏性はもちろんだけど、優柔不断でもあるからな。

貧乏なのか

貧乏性って言うのは、自分を貧乏であると認識しているからそうなってるんじゃないかと思ってる。

そこで、僕は果たして貧乏なのか…という疑問。

無職だし、収入はない。

ある程度節約もしていて、基本的に高い物は買わない。

でも、欲しいと思った物は(値段を見て)買うし、高い物も買えないわけではない。

選ばないだけ。

収入がないのにも関わらず、ほとんど不自由なく生活している。

これって貧乏じゃないよな。

と、客観的に自分を分析してみる。

僕は金持ちではない、でも、貧乏でもないという結論。

貧乏だった

僕はかつては貧乏だった。

貧乏もピンキリだとは思うけど、特に子供の頃は自分(の家)は貧乏なんだなと思っていたし、それがコンプレックスでもあった。

中学生までは、家族4人で平屋の戸建てのボロい借家に住んでいた。

大きさは、今1人で住んでいる僕の家と同じくらいだと思う。

自分の部屋はなくて、妹と同じ部屋だった。

トイレももちろん1つでぼっとん便所だった。

途中で水洗には変わったけど、相変わらず和式ではあったね。

25年以上前の話なので、まあそんなもんかとも思うけど。

小さい頃はあまり気にしてなかったけど、だんだん友達を家に呼ぶ事もなくなったね。

小学生の頃サッカー部に入ってて、友達は練習中もサッカースパイクを履いてたけど、僕だけ普通の運動靴でやってた。

試合の時だけ、1つ上の先輩にスパイク借りたんだよね。

貧乏だった理由は当然の事ながら親の収入が少ないからだけど、今の自分はどうこう言えないかもな。

言いたい事は山ほどあるけど。

余計な事を色々書いたけど、これが自分は貧乏であると認識している根底の部分な気がする。

金持ちになれば、貧乏性は治る

だいぶ脱線したけど、貧乏性を治す話。

お金持ちと呼ばれるほどのお金を持っていれば、多分貧乏性は治ると思う。

でも、そこに到達するのは少なくとも現時点では難しい。

そこがどこだかもわからんけど。

ただ、今も僕は貧乏ではない。

自分はお金を十分に持っていると思う事で、貧乏性を改善していこうと思います。

いつも以上に無茶苦茶なブログ記事だなと思っていますが、自己満足。

とりあえず、襖の切れ端とフリースは近日中に処分します。

では、また。

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